昏睡屋は今日もお休み。-3-
私にとって、死ぬということは
学校の虐めから、父の暴力から、全ての苦しみから解放されるということだった。
なのに、
目の前にいるこの幼女は
静かな声でそれを
「勘違い」と言い放ったのだ。
もともと居づらい空間が気まずさを含み、更に居づらくなってしまった。
「えっ…とぉ…」
言葉に詰まる。
そりゃあそうだ。
常識が覆るような衝撃を目の当たりにしたんだから。
固まる私を見て、幼女は説明を始める。
「死ねば生きていた頃の苦しみから逃げられると、ここに来る者は皆思っている。だが現実はそう上手くいかない。」
目線を落とし、元々持っていたカルテのような資料とは違う、
黒く、分厚い、辞書のような本をどこからか取り出す。
付箋がかなり付いていて、使い込まれているようだった。
異様な雰囲気を放つ本に興味が行ってしまい、まじまじと本を見つめる私に
幼女は少し口角を上げたような気がした。
「人は誰しも罪を背負ってる。でもなかなか真の悪ってのはいないものでな。大抵被害者の面も持っていることが多い。」
話にすぐに興味が湧いた。
自分の置かれていた状況に覚えがあったからだ。
「まぁその罪の重さと被害者の面を天秤にかけたとしよう。もちろん自殺未遂も罪として加算する。命を捨てるってことはそういうことだ。」
余計な一言に少しぐさっと刺されたような気分になったが、興味深い話題にのめり込んでいた。
「死ねば必ずまた転生する。天秤にかけたとき、来世がどうなるか決められるってわけだ。」
「あ…じゃあ…」
天秤が傾かない場合は…?と続ける必要もなく、途中で気づいた。
それに幼女も察したのか、こちらにチラッと目を向け、続ける。
「天秤が傾かなければ、元の体で息を吹き返す。」
自分の中で子供の頃から思い描いていた天国とか地獄とか…そんな簡単なものではなかったのだ。
死の概念が狂い始める。
「で、でも私…」
考えてもいないのに何かを言おうとして言葉に詰まり、完全に俯いてしまう。
「ここは自殺した者しか来ない。私はお前たちの勘違いから生まれた自殺を矯正して送り返すのが仕事だ。」
でもあの地獄のような日々には戻りたくない。
他の子も…そう思うのだろう。
「私は…戻りたくない」
本音を漏らした。
幼女はテーブルに肘をつき、こちらを見つめている。その追い出すような目つきに耐えられずまた俯いた。
なんとか現実から逃げようと勝手に頭が他のことを考えてしまう。
そして、私情は挟まなそうな、こちらに詮索はさせないと言わんばかりのオーラを出す幼女に、私はこう放ってしまった。
「昏睡屋さんて、何者なんですか?」
続く(かも)